2009.02.21(土)-2934/2548/1189/284- 秋谷っ子・前田川散策 今日は秋谷っ子で大楠山に登るということだったんだけど、昨日、一昨日の雨で下がぬかるんでいるからということで前田川散策に変更。
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2009.02.20(金)-2933/2547/1188/283- A社打合せ
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2009.02.19(木)-2932/2546/1187/282- WordPressでホームページ
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2009.02.18(水)-2931/2545/1186/281- 海辺のカフカ
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2009.02.17(火)-2930/2544/1185/280- 横浜へお買物
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2009.02.16(月)-2929/2543/1184/279- お葬式・告別式 昨日は新横浜から新幹線で新大阪まで。宝塚に住んでいる弟に迎えに来てもらって兵庫の実家まで。うちに帰ると石川県の伯父さん一家がいらしてた。伯父さんに会うのは10数年ぶりじゃないだろうか。うちの親父が今年72歳で伯父さんはたしか76歳。すごくピンシャンしていて驚く。いまどきの70台はすごいね。 お通夜は公民館の2階で。いままできちんとしたお通夜に参列したことがなく、この年になってお通夜初体験。お坊様がいらして式が終わった後、お大師講のみなさまが御詠歌をあげてくださり、あとは親族でお弁当を食べてお線香の番。いわゆる寝ずの番なんだけど、大量のビールが入ったので11時半くらいにはコタツで就寝。二日酔い防止のために日本酒には一切手を付けなかった自分をほめてやりたい。 あけて今日はお葬式。お弁当を食べて午後2時から告別式。お坊様3人による盛大な式のあと、棺の蓋を開けてお飾りのお花を千切って入れるあたりでみなさん号泣。淡々と笑顔で進んでいた式次第にいきなり多量の感情がぶち込まれるという不思議な空気。その人の死をありのままに受け入れるということを2日かけて行ってきたということ。お隣の奥さんが泣きじゃくって遺体に抱きついていらっしゃるところを目の当たりにしてもらい泣き。ひとの泣いているところをみて泣くのは人として間違っているんじゃなかろかと思うけど、「こんなに惜しまれる人だったんだなぁ、おじさんは」というところがグッときたところなので、ほっといていただきたい。 火葬場までいくと今日中に戻れなくなってしまうので、お葬式が終わったところでお暇(いとま)して弟に新大阪まで送ってもらう。JR東海の対応はなってない、とだけ書いておこう。JR東日本の方が100倍マシ。逗子駅までカミさんに迎えに来てもらってうちに帰る。長い2日間だった。
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2009.02.15(日)-2928/2542/1183/278- お通夜 親父の妹の旦那さん、つまりボクの叔父さんにあたる野村のおじさんが亡くなった。享年72歳。今年のお正月(といっても9〜11日)、実家へ帰ったときに、Cちゃんと2ちゃんの顔をみせに行こうと思っていたんだけど、Cちゃんが風邪をひいていたのと、着いた日が夕方だったので、次の日午前中に顔を出そうということになって、翌日仕度をしていたら、救急車のサイレンが聞こえてきて、それがおじさんちだったという展開。 昨年くらいから酸素マスクをつけないといけないくらいにはなってたらしいんだけど、それでも歩いたり、ご飯を食べたり、車ででかけたり、お風呂に入ったりの日常生活には不自由なかったらしく、大人しくしていればいいんだということだったらしい。 この日も朝までは普通にしていたらしいんだけど、突然苦しみだして救急車で姫路の国立病院へ。肺炎だったそうだ。ただ、肺炎自体の治りは早くて、もう少ししたら退院してうちに帰れるねということだったそうなんだけど、結局うちへ帰ることはできなくて病院でそのまま亡くなってしまった。うちの実家(石材店)で親父と一緒にずっと働いていたこともあって、ボクは生まれたときからかわいがってもらった。亡くなったという実感は正直わかなかったけど、これを書いているいま、頭の中にいくつもの記憶が蘇ってくる。たぶんボクにとってこれが実感なんだろう。2ちゃんを抱っこさせてあげたかったな。
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